2021年12月10日の本会議における山下議員に対する懲罰動議では、「正当な答弁を行った当局の信用を大きく失墜させる無礼な言葉を用い、かつ、自身の法の解釈で断定的な発言をしたことなどは、本議会の権威と品位を著しく汚すものである」(梶議員)としており、また、12月13日の懲罰特別委員会における懲罰賛成の意見の中でも同じような表現が用いられており、「議会の権威と品位を著しく汚した」ことが懲罰の根本理由であるとされています。
しかし、「検証2 関連法令の解釈の問題」で検証しているように、山下議員の法解釈が間違っているとするのは懲罰賛成派議員による曲解やこじつけでしかなく、また断定的な発言が懲罰の対象になるわけでもありません。また、「検証1 教育長と市長への言葉の問題」で検証しているように、無礼な言葉や誹謗中傷、侮辱などの非難も、こじつけや単なる決めつけ以外のものではありません。
従って、議会の権威と品位を著しく汚すという理由は根本的には成立していないことになりますが、ここでは、懲罰賛成派の議員が言う「議会の権威と品位」について考えてみます。
「検証2 関連法令の解釈の問題」で述べているように、議員は選挙を通じて住民によって選ばれ、その役割は、行政の施策を監視することによって真に地域住民のための行政がなされるようにすることです。
また、行政の監視をする過程においては、本来の意味での誹謗中傷などが禁止されるのは当然として、議会での自由な発言や議論が保証されることが求められます。また、少数意見も含めた多様な意見を尊重して議論することによって、地域住民のためのより良い結論が導き出されるはずです。議論の場では、当然民主主義のルールに従って議論や発言がなされ結論が出されるべきであり、自由な議論をせずに単に多数決を行うだけでは専制国家における議会と何ら変わりはありません。議会の品位とは、単に誹謗中傷や議論の相手に対して礼を欠く言葉を使わないことではなく、民主主義のルールに従って自由な議論がなされて初めて議会の品位が獲得されるものであると考えます。
さらに議会の権威とは、議会規則などを形式的に守ることだけで獲得されるわけではありません。少数意見も尊重しながら自由な議論を通して民主主義のルールに従って結論を出すことで、行政を監視するという役割を十分に果たし、その結果地域住民の幸福に寄与することができて初めて、議会の権威が獲得されるものであると考えます。 他の検証によって明らかになったように、こじつけや曲解による理由で懲罰を正当化し、民主主義を無視した不当な懲罰特別委員会によって懲罰を決定した沼津市議会の行動は、議会での自由な議論を封殺するものであり、多数派による少数派の抑圧そのものです。これは、議会の役割と責任を放棄した議会の自殺行為でしかありません。このような行動は上記の議会のあるべき姿とは正反対に位置するものであり、「議会の権威と品位を著しく汚している」のは山下議員ではなく、むしろ懲罰賛成派の議員であり市議会自体であると考えられます。